自分で作った曲を聴いていて、「なんだか、いい曲ではないかもしれない」と思うことがあるかもしれません。
自分の場合を、あらためて考えてみたのですが、「いい曲ではない」と感じる場面には二通りあることに気づきました。
鼻歌や音のメモをしたときには、「なんだかつまらない」と感じることがあります。一方で、実際に作曲を始めているときや、曲が完成した後に感じるのは、「つまらない」ではなく「気持ちが高ぶらない」という感覚です。
自分では、そこに少し違いがあるように思います。そして、そんなときは、すぐに曲を否定しないようにしています。
鼻歌や音のメモが「つまらない」と感じるとき
メロディーを思いついたとき、忘れないように鼻歌を録音したり、残しておく簡単な音のメモ。そのときに聴き返して、「うーん、なんだかつまらないな」と思うことがあります。
でも、最近はそれだけの理由で捨てることはありません。なぜなら、鼻歌や簡単な音のメモは、まだ曲の一部にすぎないからです。
そこにコードをつけたり、リズムを変えたり、音を変えたりすることで、印象が変わることがあります。
最初はシンプルで面白くないと思ったメロディーでも、少しずつ細部を変えていくと、自分が好きなものになっていくことがあります。
だから、最初の段階で「これはダメだ」と決めないようにしています。

作曲中や完成後は「気持ちが高ぶらない」
一方、曲をある程度作り込んだ後に、「この曲、なんだか面白くないな」と思うことがあります。でも、このときの感覚は、鼻歌のときとは少し違います。この場合は、「気持ちが高ぶらない」という感じです。
自分が聴いていても、ワクワクしない。何度聴いても、心が動かない。「悪い曲」とは思わないけれど、どうしても自分の気持ちが盛り上がらない。そんな状態です。そんなときは、無理に結論を出さないようにしています。
いったん保存して、時間を置く
そんな時にすることは、とてもシンプルです。曲を保存して、いったん離れます。その曲をどうするか、その場では決めません。無理に直そうともしません。別の曲を作ってみたり、音楽から少し離れてみたりします。
そして、時間が経ってから、もう一度その曲と向き合います。すると、以前とは違った聴こえ方をすることがあります。「やっぱり、あまり好きじゃないな」と思うこともあります。
でも、「ここは意外といいかもしれない」と思うこともあります。
あるいは、「この部分を少し変えたら良くなるかもしれない」と、新しいアイデアが出てくることもあります。だから、今の自分の感覚だけで曲の価値を決めないようにしています。
「自分が好きじゃない=良くない曲」ではない
そう考えるようになった理由の一つがあります。以前、自分の作った曲を聴いてもらったときに、
「良い曲ですね」
「この曲、好きです」
と言ってもらえたことがありました。そのとき、少し考えさせられました。自分では「それほどでもない」と思っていた曲を、誰かが「好き」と言ってくれた。
そこで、「自分だけで曲の価値を決めてしまうのは違うのかもしれない」と思ったのです。もちろん、作曲した本人の感覚は大切です。自分が「これは好きだ」と思えることも大切です。

でも、音楽を聴く人が変われば、感じ方も変わります。自分には響かなかった部分を、誰かが好きだと思ってくれるかもしれません。自分では何とも思わなかったメロディーを、誰かが気に入ってくれるかもしれません。
そう考えると、「自分が気持ちよく聴けないから、この曲には価値がない」とは言えないのだと思います。
ショパンの「幻想即興曲」を聴いて思うこと
実は、このことを考えているとショパンの《幻想即興曲》を思い出します。《幻想即興曲》は、現在ではショパンの代表的な作品の一つとして、多くの人に親しまれている曲です。
ところが、この曲はショパンが出版を意図していなかったため、生前には出版されませんでした。ショパンの死後、友人であり、作品の整理や出版にも携わったユリアン・フォンタナによって出版されています。
つまり、私たちが現在「ショパンの名曲」として聴いている作品の中には、ショパン自身が生きている間には世に出なかった作品もあるのです。

これは、作曲をしている自分にとって、とても興味深いことです。もちろん、ショパンと自分を比べるつもりはありません。
ただ、「作った本人が、その時点でどう評価していたか」と「後の人がその音楽をどう感じるか」は、必ずしも同じではない。ということを考えさせられます。
今では多くの人に愛されている《幻想即興曲》も、ショパンが生前に出版した作品ではありません。音楽の価値というものは、作った瞬間にすべて決まるものではないのかもしれません。
自分の感覚だけでは、曲の価値を決められない
もちろん、これは「自分の曲を何でも残しておけば、いつか名曲になる」という話ではありません。そんな簡単なことではないと思います。作った曲を聴いて、「やっぱりここは直したい」と思うこともあります。
「この曲は今の自分には合わない」と思うこともあります。
それは、それでいい。大切なのは、「今の自分が気に入らない」ことと、「この曲には価値がない」ことを同じにしないことなのだと思います。
自分には気持ちが高ぶらなくても、誰かには好きな曲かもしれない。今は面白く感じなくても、時間が経てば違って聴こえるかもしれない。
別の曲を作った経験が、後からその曲を生かす方法を教えてくれるかもしれない。だから、すぐに捨てなくてもいい。
曲を保存するということ
個人的には、「気持ちが高ぶらない」と感じた曲も、いったん保存するようにしています。その曲をどうするかは、後で決めればいい。保存しておけば、いつかまた聴くことができます。
時間が経って、「やっぱり違うな」と思うかもしれません。でも、「この部分は使えるかもしれない」と思うかもしれません。

あるいは、「今聴くと、意外といいな」と思うかもしれません。それだけでも、保存しておいた意味があります。
そして、誰かに聴いてもらうことで、自分だけでは気づかなかった魅力を知ることもあります。自分が曲を評価することは大切です。
でも、自分一人で最終的な価値まで決めてしまう必要はないのだと思います。
「気持ちが高ぶらない」という感覚も大切にする
では、「気持ちが高ぶらない」という感覚。その感覚も、無視していいわけではなく、自分が曲を作るうえで大切な判断材料だと思います。
つまり、「気持ちが高ぶらない」=「悪い曲」とは考えないようにしています。「今の自分には、まだ何か足りないと感じる」くらいに受け止めています。
その感覚を持ったまま、いったん保存する。そして時間を置いて、また聴いてみる。それでも気になるなら、どこが気になるのかを考えてみる。
逆に、時間が経ってから聴いてみて、「意外といいな」と思えたら、それでいい。そうやって、自分の感覚と少し距離を取りながら曲と向き合っています。
すぐに答えを出さなくてもいい
これからも曲を作っていて、「これはつまらない」「気持ちが高ぶらない」と思うことは、きっとあると思います。
でも、今はそれを失敗だとは考えないようにしています。その曲を保存して、いったん離れる。時間を置いて、また聴いてみる。必要なら少し手を加える。そして、誰かに聴いてもらう。その中で、自分の感覚も少しずつ変わっていくかもしれません。
自分で作った曲だからこそ、つい自分だけの感覚で判断してしまいます。でも、音楽は聴く人によって感じ方が違います。

ショパンの《幻想即興曲》のことを思い出すと、なおさらそう感じます。だから、「今の自分には気持ちが高ぶらない」という感覚を大切にしながらも、「だから、この曲には価値がない」とは決めつけない。そんなふうに自分の曲と向き合っています。
依頼を受けて作曲をする場合やグループ、バンドなどの仲間で曲作りをする場合、曲に対する理想や好みが合わないことがあるかもしれません。
そんな時、この記事が少しでもご参考やお役に立てると嬉しいです。最後までお読みいただきありがとうございました。
