【シンセ歴史秘話】1986年、Roland S-50が音楽界に起こした「サンプラー民主化」の革命とは?

今の時代の音楽制作(DTM)で、生楽器などの音を録音して演奏する「サンプリング」は当たり前の技術です。が、今から40年ほど前の1980年代半ば頃となると、サンプリングは一部の富裕層やトッププロだけが使える「一千万超えの超高級テクノロジー」でした。

そんな激動の時代の1986年、日本のローランドが満を持して投入したのが、12bitサンプリング・キーボード「Roland S-50」です。

今回は、S-50がどのような時代背景の中で、どういった思想の元に生まれたのか、シンセサイザーの歴史を揺るがした、そのドラマチックないきさつについてまとめてみました。

1980年代前半:1千万円超えの「フェアライトCMI」と高嶺の花だったサンプラー

当時の音楽シーンを振り返って、S-50誕生の背景をみてみたいと思います。

1980年代前半、イギリスのロックバンド・Yes(イエス)のヒット曲『Owner of a Lonely Heart(ロンリー・ハート)』などで使われた「オーケストラ・ヒット(ジャン!というオーケストラの総奏音)」が衝撃的な登場。その後もいろいろなところで大流行しました。

この音を生み出したのが、サンプラーの元祖である「Fairlight CMI(フェアライト)」や「Synclavier(シンクラヴィア)」といった怪物マシンです。

しかし、これらは当時の価格で1,000万円から数千万円。家が1軒買えるレベルの価格であり、一般のミュージシャンにとっては文字通り「高嶺の花」「夢のまた夢」の機材でした。

その後、E-mu(イーム)の「Emulator II」やEnsoniq(エンソニック)の「Mirage」などが登場し、徐々に価格は下がってきたものの、まだまだサンプラーは一般層には遠い存在だったのです。

後発だからこそ本気だった、ローランド初の本格サンプラー

そんな中、意外なのですがローランドは、サンプラー市場への参入は後発でした。満を持して1986年に発表されたのが、ブランド初となる本格プロ仕様サンプラー「S-50」だったのです。

後発であるローランドには、明確な狙いがあったようです。それは、「手の届く価格で、最高峰のスペックと、圧倒的な使いやすさを同時に提供する」ということ、つまりサンプラーの民主化です。

当時、他社の安価なサンプラーは「同時発音数が8音」「鍵盤のタッチ(ベロシティ)に対応していない」「画面が小さくて波形編集がほぼ不可能」といった、何かしらの大きな妥協がありました。

しかし、ローランドは妥協するどころか、S-50には、当時の音楽人が度肝を抜かれるような技術がこれでもかと詰め込まれたのです。

ライバルを圧倒したS-50の「3大イノベーション」

① 驚異の「16音ポリフォニー」と表現力

当時、数百万円クラスのサンプラーでも同時発音数は「8音」が限界でした。そこへS-50は「16音」という倍のスペックを叩きつけました。

これは当時大ヒットしていたデジタルシンセ「YAMAHA DX7」と並ぶ発音数であり、サンプラーでありながら「本格的な両手でのピアノ演奏」を可能にしました。

さらにキー・ベロシティ(強弱)やアフタータッチにもフル対応し、表現力は群を抜いていました。

② 伝説の「ファクトリー・ピアノ・ディスク」の存在

実は当時、他社のサンプラーは「リアルなピアノの音」を再現するのがとても苦手としていたそうです。それはメモリーの容量制限の壁があったからです。

しかし、ローランドはS-50の発売にあたり、512KBのメモリをフルに使った「特製ピアノ音色ディスク」を標準付属。このピアノサウンドの完成度が圧倒的だったため、「このピアノ音のためだけにS-50を買う」というミュージシャンが続出したと言われています。

③ フェアライトへの挑戦状:外部モニター出力

高価なフェアライトCMIがなぜプロに愛されたかというと、「大きなモニター画面を見ながら波形をエディットできたから」です。

ローランドは、S-50の本体裏面に「RGB出力端子」と「ビデオ出力端子」を標準装備させ、家庭用のブラウン管テレビなどに繋ぐだけで、フェアライトさながらのグラフィカルな編集環境を作れるようにしました。

これは、当時のクリエイターたちをこれ以上ないほどワクワクさせる、ロマンの塊のような機能だったのです。

シンクラヴィアとS-50の「音の哲学」

1. シンクラヴィアが「滑らか」だった理由

フェアライトやS-50が12bitという(今でいうLo-Fiな)音質だったのに対し、シンクラヴィアはいち早く「16bit・100kHz」という、現代のハイレゾCD(24bit/96kHzなど)に迫る超高音質サンプリングを実現していました。

フランク ザッパが惚れ込んだのもこの「生楽器と聴き分けがつかないほどの滑らかさと精密さ」です。ただ、その滑らかさを手に入れるために、当時は家が買えるほどのコストがかかったわけですね。

2. 「超高級機」より、実は使いやすかったS-50

フェアライトやシンクラヴィアは、ただの「楽器」ではなく、巨大な「コンピューター・システム」でした。

起動するだけで時間がかかり、専用のコマンド(プログラミング言語のようなもの)を打ち込まないと音が鳴らないなど、音楽家というより「プログラマー」としての知識が求められたのです。

一方で、ローランドのS-50は、裏側で高度な処理をしていながらも、インターフェースは「ミュージシャンが直感的に使える楽器」として徹底的にチューニングされていました。

  • 鍵盤を押せばすぐ音が鳴る
  • テレビに画面を出して、視覚的に波形をエディットできる

「数千万円のシステムでしかできなかったグラフィカルな編集」を、シンセサイザーの形に落とし込んでサッと使えるようにしたローランドの設計思想は、当時のクリエイターにとって「これだよ、これが欲しかったんだ!」という感動モノだったはずです。

まとめ:S-50が切り開いた、現代の音楽制作への道

Roland S-50は、発売当時およそ2,700ドル(当時の日本円で約40万円前後)という、プロ仕様としては破格のプライスで登場しました。

これによって、それまで一部のスターしか使えなかった「本物の音をサンプリングして、鍵盤でリアルに演奏する」という新たな技法が、世界中の多くのミュージシャンの手に渡ることになりました。

のちに名機と呼ばれる「W-30」や、現代の「SP-404」シリーズへと続く、ローランド・サンプラーの輝かしい歴史もすべてこのS-50から始まりました。

今、自分の部屋で眠ることなく音を鳴らし続けてくれているS-50。その12bitの太いサウンドの裏には、1986年当時、世界を驚かせようとした開発者たちの並々ならぬ情熱が今でも息づいていると感じています。

最後までお読みいただきありがとうございました。
もしよろしければS-50に関するレビューやプロの愛好家紹介などの記事もありますので、そちらもご覧ください。

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